現代ビジネスの森金融庁長官の「悲しき最後」を読んで

  久しぶりに納得した(ちょっとした感動もの)評論を読んだ。それは、6月21日付け配信があった、表題の論文である。

  素晴らしいのは、歴代最強と謳われた金融庁の森長官が7月に退任するに伴い、
 かって地銀の優等生と森長官が褒めあげていたスルガ銀行の不正事件により「森の
 目は節穴か」と批判したり、仮想通貨を安易に認め詐欺の温床となっていることを
 もって金融行政は歪んだと批判するのはおかしい、と記者は言っていることであ
 る。
  強権発動を恐れ、森氏の顔色をうかがっていた金融界、メディアがその罪を取り
 上げパッシングが始まった、というのだ。

  森長官の掲げた「顧客本位の業務運営」は、「事なかれ主義」が主流の「霞が
 関」の中で、金融界再生のために強権をふるったもので批判されるいわれはない、
 とまで言い切っている。

  スルガ銀行については、小生はその不正事件の本質は、評論家、アナリスト、
 ジャーナリストが言っているのとは違うと言い続けているが、従来、森長官と同じ
 くスルガ銀行を持ち上げていた連中が、森長官を批判する資格はないのは歴然とし
 ている。

  ただ、本論文で褒めたいのは、現在の金融庁の「手の平返し」の行政を指摘して
 いることである。
  スルガ銀行に対しては、かぼちゃの馬車事件が発覚してから、報告徴求命令、立
 ち入り検査などを矢継ぎ早に行い、役職員を退職させているのは検査忌避に相当す
 るとまで言って経営幹部を脅した金融庁の行動、あるいは、仮想通貨に関しても、
 コインチェック事件後の金融庁の対応の激変、を指摘しているのである。
  いわゆる昔の「霞が関」の組織防衛を前面に出した、金融庁の恥ずかしいほどの
 朝令暮改をいみじくも指摘していることが極めて痛快で、かつ的を射た指摘を教え
 られ、本件寄稿記者に頭を下げる次第である。