日本沈没ー日本の閉塞感・無力感(その2)

  今回は、「政治の世界における無力感」をお話しする。
  1、安倍1強の功罪
    (1)国会の形骸化
       このたび長期にわたる通常国会が閉幕した。いろんな意味で考えさせ
       る通常国会であったが、何よりもまず、民主主義の根幹である三権分
       立の要(カナメ)である「国会」が著しく形骸化してしまったことで
       ある。
       唯一法律を制定し、議論の府である国会が、意味のない議論(?)の
       応酬の場となり、野党の根拠のない追及や議員のパフォーマンスを示
       す場となり、与党の応答は、上から目線のからかいや「記憶にない」
       という言葉の繰り返しに陥り、そこに「真摯に向き合う」という姿勢
       の欠片も見えなくなってしまった。
       この原因は、勿論、議員の資質の問題(数々の議員のスキャンダルも
       うんざりするほど聞かされた)もあるが、制度としての「議院内閣
       制」にあるのではないか、と考えた。
    (2)議院内閣制の功罪
       議院内閣制とは、内閣が議会に対し責任を負い、その存立が議会の信
       任に依存する制度であるが、その特徴は、議会の多数派が内閣を形成
       し政権の座に就くことにより、立法と行政の協力関係が築かれること
       にある、と説かれる。
       しかし、実際は、あまりにも内閣(行政)の力が巨大になり、行政府
       の吏員の前に、国民に選ばれた議員であることを忘れているようであ
       る。本当はその他の与党議員が牽制役を演じなければならないのだ
       が、演者は全く見当たらない。何時ごろからだろうか? 最高権力者
       の総理大臣を務めた方が、その後の総理大臣の下で、1閣僚として甘
       んじている風習ができたのは?
       ただ、昔は、ここで行政の実務を担う官僚(特に高級官僚)たちが、
       この政治家たちの暴走を牽制したのである。
    (3)高級官僚の変節と堕落
       ところが、この歯止め役の官僚が、一体何を考えているのか、情報は
       漏えいするわ、文書データは改ざんするわ、国会で嘘をつくわ、私が
       現役時代の官僚では考えられないことが起こっている。当時は、現場
       を知らない時代錯誤的なところは持っていたが、「この国は我々が動
       かしている」という自負のもと、融通の利かない厳正さを保持してい
       たように思う。厚労省経産省どころか、官僚の官僚たるゆえんの財
       務省が、この状態に陥っているのであるから、何をかいわんやであ
       る。
    (4)安倍1強の根源の見極め
       この官僚の堕落は、最も関心の深い「人事」を内閣府に握られたから
       に他ならない。人事を握る者にすり寄るという、普通のサラリーマン
       の世界に入り、自らのプライドを捨て、忖度するのである。
       怖いのは、国会で嘘をついた高級官僚も、「内閣に忠誠を尽くした」
       ということで、その後の人生が安泰であったとしたら、このような官
       僚は今後も次々と現れることだろう。
       ただし、この安倍1強も、各社のアンケートの中味を見れば明らかな
       ように、安倍に代わる政権担当者がいないだけであることに気づく。
       昔、与党の派閥が華やかなりし頃、政権担当者は少しのミスで、他の
       派閥の長に政権を握られるという緊張感が、今は、全くないのであ
       る。
       政党交付金制度が発足したことにより、派閥の長の権力が減退したの
       は事実であるが、今の派閥(?)の長には全く昔の面影は見えないの
       は残念である。
       もっともこの安倍1強の最も重い責任は、野党およびその議員たちで
       ある。
  2、野党政治家の責任
    (1)民主党政権時代の野党政治家の「だらしなさ」「時代錯誤的なパ
       フォーマンス」「政治を分かっていない坊ちゃん」などを国民は経験
       し、野党政治家に対して「トラウマ」になっている。そこに、希望の
       党の設立から始まった一連の野党の離合集散を目の当たりに見て、
       「やっぱりダメか」と国民は思ってしまったのである。
       昔、政権の一翼を担った人たちが、野党に立ち戻った時に、安倍追求
       の急先鋒となるのは良いが、中味のない叫びだけとなり、「昔の政権
       の経験は、一体名だったの?」と言いたくなる。
       それにしても、何とかならないのか、つくづくと思ってしまう。
    (2)調査・分析能力
       野党の政治家は危機感はないのだろうか。自分たちの存立基盤の危う
       さに気づかないのだろうか?
       もし、それを知っているなら、どうして、政治家の資質を磨き上げ、
       問題に対する調査能力を飛躍的に向上させ、それに対する綿密な分析
       を行う力を、どうして身に着けないのだろうか?
       国会の質問が、すべてマスコミからの受け売りだけでは、国民は耳を
       傾けることはないのである。ふっと思い出した。爆弾男、楢崎議員、
       彼が国会の質問の場に立っただけで、政府閣僚は緊張したという。昔
       が懐かしいな~。
    (3)政党助成金の廃止
       この制度は、ある一定の議員数を党が保持すれば活動費として税金が
       投与される制度であるが、これは、税金の無駄遣いに他ならない。議
       員個人は高い報酬を受けているのだから、党は、昔のように寄付に
       よって賄うべきだと思う。政治献金を制限しようとして作られたもの
       だが、考えてみれば、頼りになる党に献金したくなるのは当たり前で
       ある。それこそ「党の活動」として公認されているのかのメルクマー
       ルになるのではないか? 今の野党の現状を見ると、どうしても税金
       の無駄遣いと思えてならないのは私だけであろうか?

   以上、政治の世界を見てきたが、いずれの項も目を覆うばかりで、「よし、何
   とか俺がしてやろう」という気が起こる以前の「無力感」が身を包んでしま
   う。
   それでも、政治の世界以外には、何か「光」が見えるのでははないか、と思
   い、次回以降、経済の世界、社会生活における「無力感」を検証してみること
   にする。
   お楽しみに!!!